ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG:βhCG、トータルhCGとも呼ばれる)は、通常、妊娠中にのみ、測定可能量が著しく産生されるホルモンです。hCG測定の主な臨床的有用性は妊娠の早期発見と、自然流産や子宮外妊娠といった妊娠初期によくみられる異常妊娠の診断と管理です。hCG濃度は、まれな胎盤由来腫瘍の細胞や、精巣の生殖細胞腫瘍が原因で上昇します。hCG濃度の測定は、これらまれな悪性または潜在的に悪性の病気の診断およびモニタリングにおいて「腫瘍マーカー」としての役割を果たすことが立証されています。また、21トリソミー(ダウン症候群)を持つ子どもを妊娠している女性にhCG濃度の上昇が観察されることから、hCG測定は、妊娠女性に提供されるダウン症候群出生前診断の過程で特殊な役割を果たすことも裏付けられています。
hCGと異性体
hCGは237のアミノ酸から成る糖蛋白ホルモンで高度に糖化された2つの異なるサブユニット(αとβ)を構成します。αサブユニットは、脳下垂体で産生される、3つの関連糖蛋白ホルモンである黄体形成ホルモン(LH)、卵胞刺激ホルモン(FSH)、甲状腺刺激ホルモン(TSH)に共通です。両サブユニットはいずれも生物活動に必要なものですが、hCG分子に特徴的で、hCGの生物学的・免疫学的特異性を定義するのはβhCGサブユニットです。
血漿および尿中には以下に示す数多くのhCG異性体(アイソフォーム)が循環しています。
- active hCG(活性型hCG): 妊娠期間を通して胎盤の合胞体栄養膜細胞により産生される完全なhCG分子「妊娠ホルモン」です。
- 糖鎖に富んだhCG(以下h-hCG): より長い糖鎖を持つ活性のある完全なhCG。生理学的にこの異性体は、妊娠初期(妊娠3~5週)にのみ、胎盤の栄養膜細胞層により産生されます。妊娠初期では、この分子が血漿中hCGの主要形態です。いくつかの特定の妊娠性悪性疾患(絨毛癌など)患者の血液中に検出され、最大でhCG全体の60%を占めることがあります。
他の異性体および詳細についてはAcute care testingハンドブックを参照してください。
生理学的背景-妊娠とhCG
受精後、単細胞の受精卵(二倍体細胞)は、卵管から子宮へと移行しながら、20時間毎に一連の有糸核分裂を起こします。その結果として生じる胚盤胞と呼ばれる約100個の同一細胞の塊は、受精後4~5日で、胚盤胞の外面にあるトロホブラストとエンブリオブラストに分化します。エンブリオブラストは分化して発生胚を形成する多能性細胞で、トロホブラストは胎盤の前駆細胞です。トロホブラストは、受精後8~10日に、胚盤胞が子宮内で子宮内膜に着床するのを仲介します。この段階で2種類のトロホブラストがはっきりとしてきます。1つは細胞栄養芽層で、もう1つは、合胞体性栄養膜と呼ばれ、細胞栄養芽層の融合により形成される分化ホルモン産生細胞型です。
着床時、これら細胞型の両方がhCGを産生し始めます。細胞栄養芽層は、糖鎖に富んだhCG異性体(h-hCG)を産生し、合胞体性栄養膜は活性ホルモンであるhCGを産生します。hCG産生の最初の週には、細胞栄養芽層によるh-hCGの産生が優位ですが、細胞栄養芽層細胞の融合による合胞体性栄養膜の急激な成長により、程なく正常なhCGが主要形態となり、最終的には、妊娠期間を通して合胞体性栄養膜がhCGの単一の産生源となります。
詳細についてはAcute care testingハンドブックを参照してください。
血漿hCG参考値
- 閉経前(非妊娠)女性および男性:0~5 IU/L
- 閉経後女性:0~14 IU/L
妊娠期間別(最終月経の開始からの週数)値の詳細についてはAcute care testingハンドブックを参照してください。
妊娠と早期妊娠喪失の早期診断におけるhCGの利用方法
血漿hCG測定値が5 IU/L未満である場合、妊娠の可能性は除外されます。hCG測定が最も早期に、確実な妊娠の徴候を示しうるのは、受精後6~8日後(すなわち、次回月経の開始予定日の前、および超音波検査により妊娠が視覚化される前)に指数関数的なhCGの急激な上昇が始まるためです。しかし、妊娠第1三半期における初期妊娠喪失は妊娠の20~30%で起こるため、hCG測定値が5 IU/Lより大きくなったとしても、正常な妊娠は保証されません。継続可能な妊娠の指標として25 IU/L以上のhCGレベルが用いられるのはそのためです。判定の難しいボーダーライン値の場合には、48時間後に患者サンプルを新しく採取する必要があります。
詳細についてはAcute care testingハンドブックを参照してください。
子宮外妊娠の診断におけるhCGの利用
子宮外妊娠(多くの場合卵管での受精卵の着床)は、全妊娠の約1~2%に起こります。子宮外妊娠による体内裂傷は、生命に関わる可能性があり、臨床上、緊急性の高い症例となります。子宮外妊娠の診断は、経膣的超音波検査で正常妊娠が検知できるhCGレベルについての研究に基づいており、1500~3000 IU/Lの範囲です。超音波検査で子宮妊娠のエビデンスが得られず、hCG値が1500 IU/Lを超える場合では子宮外妊娠が強く示唆されます。hCG値が1500 IU/Lよりも高くなれば高くなる程、子宮外妊娠の可能性が高くなります。hCG値が1500 IU/L未満の患者の場合、妊娠の位置は特定できません。正常な子宮妊娠でも、子宮外妊娠でもこのレベルである可能性があります。子宮外妊娠の場合hCG濃度の上昇速度は正常な子宮妊娠よりも遅く、横這いまたは低下することもあります。そのため子宮外妊娠と子宮妊娠を区別するためには、連続してhCG濃度を測定することが有用です。
妊娠喪失および子宮外妊娠後のhCGによるモニタリング
流産、人工妊娠中絶、子宮外妊娠治療後、hCG濃度は予想できる割合で非妊娠濃度(5 IU/L未満)まで低下するので[329]、hCG測定を連続して行うことによりいずれの症例もモニターすることができます。たとえば、流産や人工妊娠中絶後にhCG濃度が低下しない場合は、残存する栄養膜細胞に対する治療が必要なことを示唆します。
妊娠以外のhCG上昇原因についてはAcute care testingハンドブックを参照してください。