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最大酸素摂取量:ヒト、トリ、哺乳類

英文タイトル:Maximal Oxygen Uptake: Humans, Birds and Mammals, especially Pronghorn antelopes.

少し前に、クライバーによる動物のサイズと代謝の関係を扱った時に、最大酸素摂取量のテーマが出てきました。まったく別の本を読んでいて、「プロングホーン アンテロープの最大酸素摂取量は安静時の65倍」という記述に驚きました。
競馬に特に興味があるわけでもありませんが、でもテレビの競馬中継などをみて、馬の美しい走りに感心し、しかもサラブレッドは2kmを2分と高速で走ります。人間の中距離走の2.5 から3倍速く、人間の走りとは「レベルが違う」印象を受けます。そんないくつかのテーマや事実から、最大酸素摂取量特に人以外の生物のそれに興味を抱きました。
最初に、"aerobic scope"という用語がみつかりました(Ref 1)。最大酸素摂取量をMETSで表現する上限をあらわす用語で、"scope"は「範囲、余地」などを意味してわかりやすいので、ここでも「スコープ」とかな書きで使います。もう一つ、最大酸素摂取量の表現はVにドットをつける必要がありますが、パソコンでは不可能なので"V'"と書きます。こちらは、最終的にそれを採用するかは編集者にお任せします。

ヒトの最大酸素摂取量
まず人間の場合です。ヒトの最大酸素摂取量はよく研究されており、記述も多々あるのでくりかえしません。以前は、もっぱら運動や労働生理を対象にしていましたが、最近では各種疾患の患者も対象にするようになり、たとえばNYHA の心機能分類と最大METS(本稿の用語では「スコープ」)がよく相関することが教科書にも載っています。
あまり知られていないことを一つだけ述べます。ウォーキングあるいはランニングの時速の数値と、その時のMETSの値がほぼ等しい数値になります。たとえば4 km/時の歩行(ややゆったりした歩行)は4METS、10 km/時のランニング(アマチュアの成年のランニング)は10METS、20 km/時(エリートランナーのランニング速度)は20METS という具合です。人体では、これが有酸素運動の上限です。ちなみに、100m を10秒で走る短距離走の速度は36km/時ですが、こちらは無酸素運動で1時間は走れません。
この概算法は便利で、いろいろな場面に使えて次にも出てきます。

ウマの最大酸素摂取量
動物でエネルギー消費の高そうなのはウマ特に競馬用のサラブレッドで、48 km/時(800m/分)でしばらく巡行して、乳酸値は低レベルにとどまるということです(http://www.equinst.go.jp/JSES/qanda/qanda-naiyo1.html)。エリートランナーの2.5倍、ふつうの人の5倍ということになり、「なるほどウマはエリートスポーツ動物だ」とわかります。同じところに、「サラブレッドは、安静時心拍数が30/分とヒトより低く、最大心拍数が220-240拍/分とヒトより高いので、この幅は7~8倍ある」と書いてあります。人間の場合、エリートランナーで安静時40/分から最高で200/分と5倍、アマチュアランナーでは安静時60/分が最高で180/分と3倍程度ですから、この点からもウマはエリートです。
もっとも、サラブレッドはどちらかといえば中距離ランナーで、長距離はアラブ種のほうが強いそうです。テレビなどでお目にかかる競馬ではせいぜい3000m くらいまでですが、他の場面ではもっと長い距離の競走もあるということです。
なお、競馬放送で聞く「ハロン」が実は"furlong"と綴り、「ファーロング」と記述する場合もあることを今回初めて知りました。約200m です。

測定法とその他の動物と鳥
論文を検索すると、実に多種多様な動物で「最大酸素摂取量」の測定を行っているものがみつかります。馬は扱いやすいとして、他の動物をどのようにして対象に測定するのかに興味を抱きました。測定法は基本的には、「動物を馴らして、ヒトと同様に行う」のと「フィールドを自由に走り回らせてデータはつけた計器から無線でとって測定する」という二つの方法のようです。「トレッドミルなどで負荷をかけて行き、その負荷が大きくなると動物が突然運動を止める」と書いてあり、最大酸素摂取量は人体での測定と同様に比較的容易に定まるようです。
人体で当てはまる「時速1km が1METS」という概算ルールは、動物界に広く該当します。哺乳類の最大酸素摂取量は丸めた概算値が10METS で、つまり人での平均値に近いとされています。
これに対して鳥類の最大酸素摂取量は哺乳動物よりも高値で、「トリの平均は15METS」との記述があります(Ref 1,2)。また、ダチョウでは36METS という測定値が発表になっています。
クライバーで問題にした体重の羃乗の問題つまり、体重の「2/3乗に比例か、3/4乗に比例か、あるいはもっと別の数値に比例か」というのが、ここでも大問題でいろいろと議論しています。もっともちょっと考えればわかるとおり、動物によって「活発で運動能力の高い種」と「あまり活発でなくて運動能力の低い種」があり、ウマとウシを比較すれば体重は同じレベルなのに、ランニングの速度は何倍も違うなど、体重では決まらない典型です。
一般論とすれば大型の動物ほど余裕があり、つまりスコープの幅が広いと言えます。マウス・ラット・リスなどの小型の哺乳類は、一見活発なようにみえるもののスコープ上限値は高くはありません。基礎代謝が高い故と評価すべきでしょうか。
トリのスコープと最大酸素摂取量が高いのは容易に想像も理解もできて、平均が15METSというのも納得できますが、一方でコンドルがアンデスを越えたり、ツルがヒマラヤを越えるのは、運動能だけでなくて他の機能にも理由がありそうです。トリの肺は、哺乳類のような往復換気ではないので死腔がなく、本来的に PAo2とPao2 はPIo2 にほぼ等しく、低圧でも特に過換気して換気にエネルギーを費やすことがありません。その上に、ハイポキセミアに対応するメカニズムとして、ヒトの2,3DPGに類似の働きをするIHP(イノシトールヘキサフォスフェート) を大量に保持して、酸素解離曲線のp50 は50mmHg 近いことが知られており、他にも別のメカニズムが働いているに相違ありません。

プロングホーン アンテロープという動物とその能力
ところで、ある本に「プロングホーン アンテロープpronghorn antelope のスコープは65」つまり最大酸素摂取量は安静時の65倍とありました。最初に読んだ時は、とうてい信じがたいと思いましたがどうやら事実のようで、インターネットでこの単語を検索するとこの面を強調するデータが大量にみつかります。
この動物は、アメリカ大陸に生息する大型獣(20-40kg) で「アンテロープ」は日本語では「羚羊」つまり「カモシカ」で、それに近い種類でしょう。高速で有名で、「陸上の動物でこれを上回るのはチータだけ」とあちこちに書いてあります。ただし、チータはアフリカに生息してガゼルなどを追う場面をテレビでみますが、プロングホーン アンテロープはアメリカにしかいないのでチータに追われることはありません。ここからは「アンテロープ」を省略します。
チータとプロングホーンの走りには大きな差があり、トップスピードはチータがやや勝るものの、チータがトップスピードを維持できるのは1分程度に限られます。一方、プロングホーンは基本的に長距離ランナーで、トップスピードこそチータに劣りますが高速で走り続けます。それでもこの動物のトップスピードは、時速70マイルとか最大で84マイル(135km/時!) とも書いてあり、その上に65km/時で10分程度は巡行できるということです。
1991年のNature に載った報告(Ref 3)では、最大酸素摂取量を実測しており、体重32kgの動物で、酸素運搬の最大値を他の動物から予測すると1.5 ml /kg/秒(90ml/kg/分)なのに対して、実測した最大値は3.2-6ml /kg/秒(300ml/kg/分)という途方もない大きな数値でした。ヒトの安静時の平均値が3.5ml/kg/分ですから、その60倍から100倍近いことになります。上記の数値に体重の32kg を当てはめると9600ml/分 となります。論文では「秒速20m 以上(時速70km以上) で走れるという事実は酸素運搬能が優れているので、それ以外に特別な仕掛けはない」と結論しています。ちなみに、「時速1km が1METS」という概算ルールはここにも当てはまります。
「プロング:prong」という単語はそもそも「鹿の角の枝先の分岐」を指すと辞書にあり、この動物の雄は見事な角をもっています。雌にも角はありますが、ずっと小さくて枝分かれもしていません。面白いことに、この動物は走るのは得意なのにジャンプが苦手で、現在は保護獣扱いですが簡単なフェンスで保護できる由です。

今回は、ウマの酸素運搬能とプロングホーンの途方もない潜在能力をみつけたのが大きな収穫でした。

参考文献:1 のみオープンアクセスです。
1. Bishop CM. The maximum oxygen consumption and aerobic scope of birds and mammals: getting to the heart of the matter. Proc Biol Sci. 1999 November 22; 266(1435): 2275-2281.
2. Taylor CR, Maloiy GM, Weibel ER, Langman VA, Kamau JM, Seeherman HJ, Heglund NC. Design of the mammalian respiratory system. III Scaling maximum aerobic capacity to body mass: wild and domestic mammals. Respir Physiol. 1981 Apr;44(1):25-37.
3. Lindstedt SL, Hokanson JF, Wells DJ, Swain SD, Hoppeler H, Navarro V. Running energetics in the pronghorn antelope. Nature. 1991 Oct 24;353(6346):748-50.

図1 Taylor の論文から。 chipmonk はシマリス、steer は去勢ウシ

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